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横浜地方裁判所 昭和29年(ワ)1331号 判決 1956年4月26日

原告

高崎タキ

被告

主文

被告は原告に対し、金七十二万九千三十二円及びこれに対する昭和二十九年十一月三十日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において、金二十五万円を担保として供するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

訴外高崎辰男が昭和二十八年十二月十日横浜市金沢区谷津町十二番地国道上において、アメリカ海軍の被用者である日本人運転手今井総雄が、その職務として運転する軍用車と衝突し、原告主張のような傷害を受け、同日午後十時三十分頃追浜共済病院において頭蓋内出血等の原因で死亡したことは、被告の認むるところである。そこで先ず、右衝突事故発生の時刻及びそれが如何なる原因によつて発生したかについて判断する。

その成立に争のない甲第七、八号証、乙第一号証の一、二同第二号証、同第三号証の一、二、同第六号証の一、二の各記載並びに証人木村寅治、同今井総雄、同出井孝一の各証言及び本件事故発生、現場検証の結果を綜合すると次の事実が認められる。訴外高崎辰男は昭和二十八年十二月十日午前零時四十分頃、折柄相当激しい降雨中を徒歩で横浜市金沢区谷津町十二番地の国道上にさしかかつた。同人は、右同番地に所在する自己の宿舎である横浜機工株式会社の工員寮に帰る途中であるから、横須賀方面から横浜の方向に向つて、道路の右側を歩行していたものである。しかして、現場道路は幅員約十三、八米でその中央部七、三四米が舗装地帯であり、その両側が非舗装地帯となつているが、その際右高崎辰男は、中央部の舗装地帯の右端から約一米内側寄りの位置を歩行していたものである。ところが、その際隅々反対方向である横浜方面から横須賀方面に向つて、時速約五十粁の速度で疾走して来た前記今井総雄の運転するアメリカ軍用車に正面から衝突し、高崎は一旦空中に跳ね上げられて右自動車の前部エンヂン蓋の上に落下し、更に右道路の略々中央部附近に仰向けに転倒した。その結果同人は、原告主張のような傷害を蒙り、因つて同日午後十時三十分頃追浜共済病院で死亡したのである。この認定に反する甲第二号証の記載(被害者の来院時間)部分及び証人栗原武定の供述(病院から電話のあつた時刻)部分はいずれも措信できないし証人今井総雄の供述(被害者高崎が右道路を南側から北側に向つて横断しようとするかの如き横向きの姿勢であつた旨の供述)部分も被害者高崎の寄宿していた工員寮が右道路の南側に存在すること、及び被害者の負傷の部位が大部分身体の前面から加えられたものと認められること等からして信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠資料も存しない。次に、訴外今井総雄は自動車の運転者として常に前方を注視すべき義務があるところ、本件事故発生当時は、折から相当激しい降雨中であつたこと前認定の通りであるから前方の見通しが十分でなかつたのであるから、かような場合には、自動車運転者は殊に前方に注意し、歩行者その他の危険物の発見に力め、若し自車の進行路上に人馬等を発見した際は直ちに警音器を吹鳴して相手方に自車の接近することを警告し、或は自らこれを回避して進行し又は何時でも急停車がなし得るよう適当に速度を減じて安全な運行をなす事、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものというべきである。しかるに本件において前記今井総雄の証言に拠れば右今井は右の注意義務を尽さず、前方注視を怠り且つ安全運行もこれをなさず、漫然前記の高速度で進行したため、被害者高崎を早期に発見することができず、その約四、二米に接近して初めて同人を発見するに至つたのであり従つて右今井にはその際最早警音器を吹鳴する暇も、又自車を被害者から回避させる暇もなく急拠急停車の措置のみを執つたのであるがついに間に合わず前記のように自車を被害者高崎の正面から衝突させるに至つたものであることを認め得る。右認定に反する証人今井総雄の供述部分は信用できないし、他にこれを左右するに足りる証拠資料も存しない。そうだとすると、訴外今井総雄には自動車運転者として、前方注視を怠り、又減速して安全な運転をしなかつた点に、重大な過失があつたということができる。

そこで次に、被告の抗弁について判断する。証人伊藤昌良、同京藤留治、同木村寅治、及び同今井総雄の各証言並びに本件事故発生現場検証の結果を綜合すると、被害者高崎が当夜事故現場から左して離れていない訴外京藤留治の経営する「入舟」という酒場で焼酎を約三杯飲み、午後十一時三十分頃、同店を出たことは明らかであり、又、前記認定の本件事故発生の時刻に徴しても、同人が事故発生当時或る程度酩酊していたことが認められるのである。この認定に反する証人緑川敏二の供述部分は信用し難いし、同証人並びに証人伊藤昌良、同京藤留治の「被害者高崎が極めて酒豪である旨」の各供述も右認定を覆すに足りない。更に、本件事故発生当時、被害者が道路の舗装地帯を歩行していたことは前記認定のとおりであり、右舗装地帯の両側特に南側には、幅員約三、九米の非舗装地帯があることも検証の結果明らかなところである。しかして、右舗装地帯はいわゆる車道であり、その両側の非舗装地帯が歩道であると認むべきところ、被害者高崎は、当夜飲酒酩酊のうえ、折から降雨中であつたので、非舗装の歩道を歩行することを嫌つて敢て高速自動車等の往来する右車道上を歩行していたものと推認することができるのである。かような場合歩行者は、前方を絶えず注意し、反対方向から来る自動車等を発見したならば、自らその右側の歩道上に回避すべき義務あることは、当然である。しかるに、被害者高崎が本件事故の際右のように飲酒酩酊して車道上を歩行しながら前方に注意を尽さなかつたことは、明確な事実であるから、同人にも明らかな過失があつたものというべきである。

そこで更に、被害者高崎の蒙つた損害について判断する。

その成立に争のない乙第四号証の記載並びに証人小林武、同中村タマ、同中村末吉の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、被害者高崎は、原告住所地において高等小学校を卒業後二年間大工の見習をし、その後一時家業である農業の手伝をしていたが、昭和二十五年八月頃横浜市磯子区滝頭町百七番地実姉中村タマ方に同居し同所より同市内の某コカコーラ製造会社に勤務するに至つたが、更に昭和二十八年五月頃右会社を罷めて同年七月十三日から前記横浜機工株式会社に勤務するようになつた。そして、同人は、右会社において、一ケ月約八千百三十八円(昭和二十八年八月ないし同十一月の四月間の平均値)の手取収入があり、又、同人の一ケ月の必要的支出金額は一般経験に照して約七千円と認めるのが相当である。右認定に反する甲第三号証の記載は、真正に成立したと認むべき証拠がなく、又、右認定に反する乙第五号証の記載並びに前記各証人及び原告本人の各供述部分はこれを信用し難い。それ故、被害者高崎が、本件事故によつて、失つた一ケ月の財産的損害は、同人の前記手取収入と、必要的支出金との差額即ち、金千百三十八円でありこれを一年に換算すると金一万三千六百五十六円となるのである。しかして、その成立に争のない甲第一号証及び同第六号証の記載によれば、右被害者は、昭和三年三月二日生れであつて、死亡当時の年令は二十五年九ケ月であり、その平均余命は四十二年と認めるのが相当である。しからば、同人本件事故による総財産的損害は、前記一ケ年間の損害額に右余命年数を乗じて得た金五十七万三千五百五十二円である。しかして、同人の右損害は前記のようにアメリカ海軍の被用者である訴外今井総雄がその職務を行うについて違法に加えたものであるから、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う民事特別法(昭和二十七年四月二十八日法律第百二十一号)第一条、国家賠償法第一条に従い、被告がその賠償をなすべきものである。しかしながら、本件事故の発生については、前記認定の通り、被害者高崎にも過失が存するのであり、その過失は、被告の損害賠償額の算定につき斟酌すべきものであるから、被告は、被害者高崎の右損害総額中金四十万円を賠償すべき義務があるものと認めるのが相当である。

しかるに、その成立に争のない甲第一号証の記載によれば、被害者高崎辰男は、昭和三年三月二日原告と亡高崎孫助の二男として出生し、未だ婚姻前の身であつたことが明らかである。従つて同人の死亡によつて原告は、右辰男を相続し、同人が被告に対して有する右の損害賠償請求権をもこれを承継したことは疑のないところである。更に、原告は、被害者高崎辰男の死亡によつて、母として精神的損害を蒙つたと主張するのでこの点について判断する。

母被害者高崎が、原告の二男であることは前段認定のとおりである。証人緑川敏二、同中村タマ、同中村末吉らの各証言及び原告本人の供述を綜合すると、被害者高崎は孝心厚く、昭和二十五年八月以降月々若干の金銭すら母なる原告に送付していたこと、又原告が、右被害者に多くの期待をかけて今日に及んだことを認めることができる。しかるに、本件事故によつて、母子が、にわかに幽明その境を異にするに至り、原告が如何に大なる精神的打撃を蒙つたかは、これを推認するに難くないところであるから、被告は原告の右精神的損害を賠償すべき義務があるというべきである。しかしてその賠償額は原告の職業資産及び被告が国であることその他諸般の事情を考え更に又、被害者高崎の前記過失の点も勘考して、金六十万円と認定するのが相当である。

ところで、前記原告にその賠償を請求し得べき被害者高崎の損害額は、将来のものであるから、今一時にこれを請求するときは、いわゆるホフマン式計算法に従い、右金額から民法所定の年五分の割合による中間利子を控除しなければならない。しかるときは、その金額は十二万九千三十二円である。

故に、被告は原告に対し、この十二万九千三十二円と原告の精神的損害に対する賠償金六十万円との合計金七十二万九千三十二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明確である昭和三十年十一月三十日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があると判定する。

よつて、右の限度において原告の本訴請求を認容し、その余の請求はいずれもこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第九十二条第八十九条、仮執行につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 堀田繁勝)

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